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Media - page 88

VRでは音と映像の表現手法を原点から見直す必要がある

Media

長い長い文字の時代(小説や脚本)から、はじめて映像(動画)が登場したとき、私達の大先輩は、どうやって映像表現をするべきなのかを徹底的に考えたはずだ。例えばカット割りとか、ズームやパンのようなカメラワークは、映像自体の表現力がとても低い時代に、心象を表現するために我々の大先輩が編み出した技法であり、それが映画を中心に、文化芸術の域まで達したのだと思う。

この流れは延々と100年ほど続いてきた。モノクロからカラー、フイルムからビデオ、SD→HD→4K→8Kというのは技術の正常進化であって、表現技法自体は何も変わることはなかったといえる。ところが、VR(一部8Kも)はそうではない。360°映像や、8Kで奥行き感を表現できるようになると、いままでにない臨場感や体験や体感を私達にもたらすようになってきた。

人間の視覚は、なぜか360°の視野角を持っていない。進化の過程で、後頭部に目をもう一つ付けなかったのにはきっと何か理由があるはずだ。聴覚は左右2つの耳で360°をカバーしているが、これは外敵から身を守るためには、音が優先される必要があるからではないだろうか。地球上では空気がある限り、近寄ってくるものは必ず音を伴う。耳で360°カバーしていれば、目で360°をカバーする必要がない。2つの映像処理だけさせたほうが脳のCPUやGPUパワーリソース?を集中できる。また視覚は夜間に使い物にならないが、聴覚なら問題なく機能する。

主観映像、つまり自分の目線での映像の場合、それがリアルになればなるほど、例えばカットで視点が変わると、それは現実世界ではあ……

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長い長い文字の時代(小説や脚本)から、はじめて映像(動画)が登場したとき、私達の大先輩は、どうやって映像表現をするべきなのかを徹底的に考えたはずだ。例えばカット割りとか、ズームやパンのようなカメラワークは、映像自体の表現力がとても低い時代に、心象を表現するために我々の大先輩が編み出した技法であり、それが映画を中心に、文化芸術の域まで達したのだと思う。

この流れは延々と100年ほど続いてきた。モノクロからカラー、フイルムからビデオ、SD→HD→4K→8Kというのは技術の正常進化であって、表現技法自体は何も変わることはなかったといえる。ところが、VR(一部8Kも)はそうではない。360°映像や、8Kで奥行き感を表現できるようになると、いままでにない臨場感や体験や体感を私達にもたらすようになってきた。

人間の視覚は、なぜか360°の視野角を持っていない。進化の過程で、後頭部に目をもう一つ付けなかったのにはきっと何か理由があるはずだ。聴覚は左右2つの耳で360°をカバーしているが、これは外敵から身を守るためには、音が優先される必要があるからではないだろうか。地球上では空気がある限り、近寄ってくるものは必ず音を伴う。耳で360°カバーしていれば、目で360°をカバーする必要がない。2つの映像処理だけさせたほうが脳のCPUやGPUパワーリソース?を集中できる。……

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