週刊誌中づり広告がデジタル化できない理由

Digital Signage /

昨日、週刊文春と週刊新潮が中づり広告を終了することが明らかになった。

週刊文春、中づり広告を終了へ 「一つの文化だった」(朝日新聞)

週刊新潮も中づり広告を終了へ 薄れる購買モデルの効果(朝日新聞)

週刊文春は中づり広告を「一つの文化だった」と表現した。果たして文化かどうかはともかく、なんとなく、いや確実に見てしまう、読んでしまう存在であったことは間違いない。終了になる理由として、速報性の問題が指摘されている。

週刊文春の誌面の校了は火曜夜だが、中づりは日曜にほぼ完成させ、月曜夜に校了する必要がある。そのため火曜の時点で、重大な事件が発生したり、スクープをつかんだりした場合、誌面に入れられても中づりには間に合わない。

朝日新聞

上に書いてあるスケジュールを、曜日を追って書き出してみるとこうなる。

日曜 中づりの原稿完成

月曜 中づりの校了

火曜 紙面の校了

水曜 終電以降 中づり掲出

木曜 紙面発売

ということだ。

週刊誌はテレビやラジオ、WEBのような速報性の高い媒体ではないので、火曜日に紙面が完成して、印刷を開始し、配送を含めて早ければ水曜の夜遅くから木曜にかけて駅売店や書店などで発売される。つまり火曜から木曜の間に起きた事が掲載されるのは翌週になる。印刷媒体としてはどうしてもそうなるだろう。そこで各週刊誌はWEBサイトで情報を伝えるが、現状では週刊文春も週刊新潮もWEBは補足的なものであり、あくまでも紙面がメイン商品になっている。

そこをどうするかという話はもちろんあるが、中づりをデジタル化すれば、少なくとも最終的な紙面の内容と完全一致させることができる。最近ではまど上チャンネルのような「中づりの受け皿的な媒体」として用意されたディスプレイも増加しているにもかかわらず、2大週刊誌の中づりは終了し、デジタルに移行するという話はどこからも聞こえてこない。それはなぜか。

まど上チャンネル的な面がまだまだ少ないということもある。しかしいちばん大きな理由は、広告考査の問題である。交通広告は他の広告媒体に比較して審査基準が厳しく、とりわけ電車とバスに関しては掲出基準がかなり厳しい。そのために週刊誌の中づりの記事見出しの文言は、紙面と異なることも少なくない。中づりをデジタル化によって極めて迅速に掲出情報を変更することが可能になるのだが、その内容の考査、いわゆる審査体制がそれに追いつかないのである。技術的には交通広告デジタルサイネージのCMSに出版社側が直接接続して、情報を随時更新することは可能である。

不特定多数の人が接する交通広告は、他の媒体と比較して配慮すべき点が多い、というのはもちろんある。だが今回の週刊誌の中づり広告の終了は、時には週刊誌の記事内容の是非という議論もあろうと思うが、広告媒体としてこのままじっとしていていいのだろうかと思わざるを得ない。デジタルの恩恵を最大限受けられるような媒体としての可能性を自ら狭くしている、ということはないのだろうか。