保育園向け動画配信アプリ「てのりの」からベンダーが学ぶべきこと

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筆者の娘が通う保育園では、コロナ禍で保護者を集めた発表会などの観覧イベントが行えなくなったことから、動画配信サービスを使ってオンラインイベントへと切り替えることになった。利用するのは、動画配信アプリの「てのりの」。筆者は、保育園からの案内で初めて同サービスの存在を知ったのだが、2つの点で学ぶところがあった。

1つは、コロナ禍でリモートが求められ、さまざまな動画配信ニーズが生まれているなか、「てのりの」は利用者のターゲットを保育園と保護者に絞り込み、サービスを「スマホ1台で、園から保護者へ簡単・安全に動画を配信できる無料の保育動画アプリです」と自ら定義している点だ。

動画配信サービスを開発した供給側の都合からいえば、マーケットを広くとるために、IR活動やプロモーション、学会など様々な利用シーンを想定し、汎用的に使えることをアピールしたくなるし、実際にそのようなサービスは数多くある。利用者側で自身の需要を正しく理解し、最適なシステムを選定できる部署があったり、販社が需要と供給をうまくつなぐことができれば、そのような形でもツールを利用者側に伝えることができた。ところがICTサービスの利用者の裾野が広がり、保育園のようなところにも提供しようとすると、そのようなマーケティングだと厳しい。保育園に提供するには、そこで運用するための要求仕様を提供すること以上に、どのようにすれば保育園に認知され、どのように保育園や保護者から見えるのかが重要になる。伝えるべきメッセージは「様々なシーンでも利用できる高機能動画配信ソリューションです」ではなく、「スマホ1台で、園から保護者へ簡単・安全に動画を配信できる無料の保育動画アプリです」でなければならない。

これはさまざまなIoTやAIにもいえることだ。汎用的なものとして売出し、それでリーチできるマーケットはすでに過当競争となっている。しかし、IoTやAIを活用すれば解決できる課題を、そうとは知らずに抱えている人はまだ多数いる。レッドオーシャンを避け、そのようなブルーオーシャンを開拓するには、利用者自身も何を必要としているのか理解していないところに、需要の喚起も含めた形で提案しなければならないし、そのときのメッセージは万人に向けたものではなく、その利用者に響くものにしなければならない。

保育園や保護者への認知を広げるために、noteを使ったブログも運営している。
保育園や保護者への認知を広げるために、noteを使ったブログも運営している。

もう1つが、このサービスのビジネスモデルだ。「てのりの」は保育園と保護者の双方が無償で利用できる。同サービスは静岡県のIT企業サンロフト社が提供しているのだが、同社では2008年から保育者向けIT専門の月刊フリーペーパー「パステルIT新聞」を11,000施設に発行しており、園や子育て家庭向けの商材を持つ企業の市場調査、紙面広告など、マーケティングやプロモーションを提供している。この動画配信アプリも、そのような事業の一環として、保育園や保護者との接点の構築、強化のために使っているようだ。このようなビジネスモデルを持つ事業者は、無償提供という圧倒的な競争力をもとに現場に入り込み、現場を学びながら、技術仕様とビジネスを最適化していく。こうなると、その他の動画配信サービスを持つ供給者は、単なる機能開発では太刀打ちができない。サンロフト社はこのコロナ禍で急激に高まる保育園でのリモートイベントの需要を根こそぎ持っていくかもしれない。そうなれば、このサービスで得た知見をもとに同社のビジネスをさらに強化できる。

パステルIT新聞のウェブサイト
パステルIT新聞のウェブサイト フリーペーパーの発行部数は81,000部にも及ぶ。

コロナ禍で情報技術に対する社会的要求が強まっており、技術資産を持つ各社にとっては、さまざまなところでビジネスの機会も生まれている。しかし、あまりにも急激な変化なため、利用者側がそれを受け入れるだけの予算を準備したり、それを前提としたビジネスモデルを構築できていなかったりすることが多い。そうなると、技術提供だけではなく、利用者に合わせたビジネスモデルも含めてソリューションを構築しなければ、ベンダーは競争力を持つことが難しい。もともと商いとはそういうものではあるが、IoTとAIの活用範囲の広がり、コロナ禍がもたらした急激な社会変化で、それがより顕著になっていると感じる。