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新しい居場所を見つけよう

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名古屋に「いば昇」という鰻の名店がある。先日このいば昇に行く機会があったのだが、そこで真面目に「居場所」について考えさせられた。オヤジギャクとは言わずにお付き合い願いたい。

筆者の親戚筋は愛知県で鰻屋を営んでいる。今は4代目である。50年ほど前までは料理旅館でもあり、大相撲名古屋場所では相撲部屋の宿にもなっていた。ここの2代目は、いば昇で修行をしたことがあるらしい。2代目がよく「(いば昇に限らず)ひつまぶしは邪道である」といい切っていた。せっかくこんがり焼き上げたものをご飯に挟み込むとは言語道断、あれは作り置きをするためのもの、というのが2代目の主張だった。

もう少し鰻の話を続ける。名古屋にはもう一軒、あつた蓬莱軒という名店がある。ここはビジネス的には最も成功をしている鰻店だろう。率直に、あくまでも個人の感想を言うが、味とビジネスの成功は全く比例しないと思う。あつた蓬莱軒がどうして今のように有名になったのか、筆者はその経緯を知らない。

かくいう筆者の親戚筋の鰻店は、15年くらい前に全国放送のバラエティ番組でかなり長時間にわたって旨い店という扱いで紹介をされた。そこから2年以上にわたるバブル期がやってくる。お店は常に満員、行列ができた。店のある城下町自体がとても注目されていたこともあり、ほんとうに客足が途絶えることはなかったようだ。しかし、やがてその波も収まり、気がつくとかつての常連客が遠くなってしまい、その後はすっかり落ち着いている。

これはまさに居場所の問題だと思うのである。ポジショニングだ。

個人であっても法人であっても、居場所を見つけられるかどうか。いや、居場所を作れるかどうかが極めて重要なのではないだろうか。高度で洗練されたマーケティングでも、SNSを活用しても方法は何でも構わない。外部要因や、無理な力によって得られたその果実は、果たして望んでいたものなのか。

いろいろな価値観がある。COVID-19によって加速したり、炙り出されたり、バレてしまったことがたくさんある。拡大継続も一つの選択肢であるが、そうでないものも当然ある。

例えばオンライン授業。企業のオンラインセミナーのように、一方的に知識や情報を伝えるだけならオンライン授業は非常に効率が良い。だが、学校のように「教育」となると、実際にそれを1年間、2箇所で担当してわかったことは、オンラインは教育には本当に使えない、向いていないと感じている。わかった気にさせることは得意だが、自分ごとにはなっていない。

展示会も同様だ。筆者は複数の展示会を企画や実施する側の立場であるが、やはりオンラインセミナー以外のものは正直厳しい。まだまだ努力やチャレンジが足りていないことも当然あるが、時空間を共有する宝探しのようなコミュニケーションはオンラインには向かない。まもなくCES2021がオンライン開催されるが、ここで世界の関係者が突破口を見つけられるかどうかに注目している。

会社の事業をどうするか。企業の選択、つまり転職を考える。もっと広く限りある人生の中で働くということの位置づけをどうするか。これら全ては居場所の話だ。そしてこの居場所というのは、案外当事者が気がつかないものである。こうしたいという意思、これができるという実績を活かしたいと考えるわけだが、それらはほぼ例外いなく思い込みである。本当の居場所を我々は案外見えていないのではないか。多くの場合は当事者の思う場所とは別の場所でこそ生かされる事が多い。

物理的な居住地はもちろん、心の置きどころも含めた居場所を探したいものだ。そうでないとすぐに天国という次の居場所に行くことになってしまう。

2021年1月2日追記 こういう連載がありました。毎日新聞 私の居場所

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