「5G時代の動画コンテンツは“観る”から“触る”へ」とはどういうことか

Media /

先日見かけた、「5G時代の動画コンテンツは“観る”から“触る”へ」という記事に筆者の目がふと止まった。これは博報堂DYメディアグループのWEBメディア、生活者データ・ドリブン・マーケティング通信の記事である。前編と後編になっているのでぜひご一読されるとよい。

記事は日本テレビ出身のLiveParkの安藤聖泰氏に、博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の森永真弓氏がインタビューする形式で構成されている。以下に安藤氏のコメントから重要な部分を切り出してみる。

LiveParkの安藤聖泰氏と博報堂DYメディアパートナーズ メディア環境研究所の森永真弓氏

スマホって普通、ひたすら画面を触りますよね。それに各アプリが反応したり画面が遷移したりする。ただ、従来型の動画コンテンツを観るときだけは、むしろ触らないのが基本でした。触ると停止してしまうし、集中して観ているから別のアプリやページへの誘導をタップしにくいですよね、そういうテンションじゃない。でも、スマホ起点の動画コンテンツはむしろ逆です。観て楽しむというより、触って楽しむ。」

中略

触って楽しむことだけを考えると、ライブじゃない形もあるでしょうが、画面の向こうの人と同じ時間を共有し、生のリアクションがあるというリアルタイム性が熱量につながっていると思います。それって、まさにイベントですね。」

中略

「その瞬間にアクセスしないとダメというのは、これだけユーザー主体で自由にできる中で、決定的なデメリットかもしれない。興味がない人に見せるモデルが成立しづらいというか、すごくコストがかかるはずです。ただ、裏を返せばそれだけそもそもの熱量が高いから、濃密な時間を生み出すのに適しているし、顧客単価が高いビジネスの可能性もある。」

中略

安藤氏にはInterBEE CONNECTEDのスタート時にボードメンバーをお願いした経緯もあり、彼の発想は中の人でありながらテレビ屋っぽくなくて、個人的にも非常に注目をしている。

筆者もガラケーの時代から、ケータイ電話が中毒性を持っている理由は、実は指先で触り続けることだとずっと思っている。20年も前にPC用のコンテンツとしてプチプチおみくじという企画をしたことがある。一定時間内に梱包材として使われるプチプチをクリックするとその時間や順序などで占いができるというもの。これは膨大なアクセスを得た。いわゆる関西弁でいう「いらち」な感じ、せっかちな感じ、貧乏ゆすりのような感覚って、リズミカルでとても心地よいからであると思っている。

また安藤氏は、リアルタイム性についても言及している。このリアルタイム性というのは、実は必ずしも生中継である必要はないと筆者は思っている。体験が同意時であればいいのだ。ということは、生中継でのファーストラン以降に、再放送の日時を固定すれば、一粒で何回か美味しいということになる。セカンドラン以降には、音声だけ生実況を加えれば完璧だ。

さらに高い敷居を越えてきた人たちの熱量についても、筆者は完全同意する。昔のテレビのようなカジュアルなものを視聴者に求めること自体が間違っているのであって、すでに生活者や視聴者は、数多くのフィルターを超えて、今あなたのコンテンツに触れているということをもっと知るべきだと思う。