「本が売れない」を疑う

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私事で恐縮ながら、昨秋に単著を出版した。おかげさまで売上は好調のようで、第三刷を遠からず売り終えるようである。ところで、今回はじめて単著を出版し、「本が売れないという時代にどのように本を売るのか」という貴重な体験をしたので、そのご報告をしたい。

まず、本が売れないというのは、書籍業界全体での話である。それも最近は相当回復基調のようなので、本当の冬の時代は過ぎ去ったのかもしれないが、ひとまず厳しい状況だという認識はそのままにしてみよう。

その場合、視点はあくまで「業界全体」であって、個別の話にはなっていない。書籍業界と一口にいっても、大きくは書き手、売り手、読み手に分けられる。書き手は作家・ライターのことで、ここは昔から「当たるも八卦」の世界だから、パレートの法則に従えば、大多数は昔も今も厳しい。ただ最近は、電子書籍がそれなりの割合を占めてきた。出版社によっては、紙の書籍に比べて印税率が高く設定されているところもある。やりようによっては以前より実入りの改善が狙える、ということだ。

読み手は総じて恵まれた環境といえるだろう。望めば紙の書籍も電子書籍も手に入る。それに「文章を読む」という意味で言えば、ネットメディアの発達は空前の「文字のインフレ」を生み出している。活字ジャンキーという言葉があるが、紙と電子という媒体の如何を問わなければ、おそらく日本の歴史上、もっとも活字が容易に手に入る時代に、私達は暮らしている。

ただしこれだけインフレが進むと、質の問題は必ずつきまとうし、悪貨が良貨を駆逐することによって、従来は提供可能だったより良質な書籍提供の機会の提供が失われる可能性は、読み手とて気になるところ。すでにマンガの世界では海賊版サイトという形でこうした問題が顕在化している。クリエイターへの尊敬に基づく経済的還元が失われたメディアが流行すると、この豊かな時代は早晩崩壊するだろう。

問題は「売り手」、つまり出版社、書店、そして流通にある。これは売り手の業界構造の問題(特に流通を巡る潜在的な負債の問題)でもあり、マーケティングの問題(読むべき人にどう本の存在を知らせるか、読み手にとって「未知の本を買う」というギャンブルのハードルをどう下げるか)でもあり、利便性の問題(重い本を持ち帰らせるという手間をどう減らすか)でもある。

これを一括的に大きく改善したのがアマゾンである。もはや日本最大の書店である同社は、やはり出版業界では巨大な存在である。それは追随する楽天ブックスも同様で、つまり書籍のメインストリームはECサイト、というのが定石になっている。実際今回も「ネットで紹介するときはできるだけ〇〇にリンクを寄せてください」という要望を、出版社や関連イベント登壇の際に主催者からいただいた。

ここまでで終われば、おそらく多くの方は「その話は知ってる」ということになるだろう。しかし、もちろん話には続きがある。

正確な数字を把握しているわけではないが、大まかにいって、拙著はアマゾンなどのECサイトでは、大して売れていないようだ。しかし年末年始という出版業界の鬼門の時期(年末年始は手帖とカレンダーに書店のフロアが割かれるからである)の出版にも関わらず、早々に第三刷が決まった。つまり、実店舗の書店で売れているのだ。

実際、筆者も気になって、都内をうろつくたびに近くの書店店頭の様子を見ているのだが、大体店頭に平積みされている。表紙のデザインが比較的目立つこともあり、これは確かに手に取って読みたくなる位置に置いてもらえているな、と実感するのである。

そうして一読者としての自分を振り返ってみると、いろいろなことに気づいていく。たとえば私はビジネスパーソンなので、どうしてもビジネス書に関心が向かうのだが、人口動態からいってそういう層がマジョリティなのだから、当然ながらいま売れているジャンルは「ビジネス書」であろう。だとすると、この売り方というのが、書店の売上を左右することになる。

マンガのように、好きな作家や作品を「ご指名」で買うというのとは違い、ビジネス書を求めるビジネスパーソンは、「漠然とした仕事の課題に対する答え」を求めて、半ば探索するかのように、書店に立ち入ることになる。だとすると、課題のテーマごとに書店からの提案が求められるし、テーマ間の隣接具合(たとえばマーケティングに興味がある人は、広告とリテールの両方に分かれがちなので、それらを両隣に配置する、など)もセンスが問われる。あるいは、そもそもその書店が存在するエリアによって産業の特性があるので、それに合わせたラインナップが求められる。東京を例にすると、大手町は金融、新橋(汐留)であれば広告や情報メディア分野、というようなことだ。

その時、より多くの人が課題とするテーマが、見つけやすい場所に置かれているのか、またPOPのような見つけるための工夫がなされているのか。そしてそれは押し売りではなく、あたかも顧客である「潜在読者」が、自分で見つけたかのように、自然に配置されているのか。こうした工夫や取組の総体が「本が売れる」ということなのである。

こう考えると、ビジネス書は必ずしもECサイトによる販売が主力にはならない、ということが分かる。さらに言えば、デジタルサイネージやキヨスク端末による店舗内の情報武装よりも、手書きのPOPやレイアウトが重要だということにもなる。むしろデジタル技術は、店舗内の潜在顧客の動線分析など、エスノグラフィーに活用され、それによってレイアウトや書籍のラインナップ、または接客の在り方を改善するというような使われ方が期待される。おそらくそれが、デジタル時代を迎えた書店の「エクスペリエンス・デザイン」につながっていく。

Broadway Cinematheque Kubrick bookstore by Blowing Puffer Fish

特に自分の専門分野とは異なる領域では、私達はついうっかり「本が売れない」というような、マクロで雑駁な現状認識によって、問題を定義しがちである。しかし、一方で売れていないのは、「売れない本」と「売れない書店」であって、部数が伸びている本と業績好調な書店は存在する、ということを見落としてはならない。当たり前だが、本が売れない時代にも、相変わらずベストセラーは出ているのである(念のため、拙著はそこまでは売れていない)。

そしてテクノロジーがより私達の生活に寄り添うようになってきた以上、その使い方はできるだけミクロ、すなわち潜在読者が本当に求めている書籍との出会いをどう実現するか、ということに活用されなければならない。今回当事者になる機会を得たことで、そんなことを改めて感じている。