【CES2020】Vol.11 技術論から社会論の議論の場となったCES2020

AI/Digital Signage/IoT/Media /

CES2020のトレンドは◯◯だ、という分析というか解説をついついしたくなるが、それはかなり難しい。悪く言えば特徴のない総花的なイベントと言えなくもない。CESから帰国して3週間が経過したが、その間毎日今年以降の傾向についていろいろ考えをまとめているのだが、CESのキーワード的なものはやはり多岐にわたる。

というのも今までのCESにおけるキーワードは大画面テレビとかドローンとか自動運転車などのモノや製品の話だったのだが、CES2020ではそれが劇的に変化をしたのである。「キーワードはありませんでした」ではあまりにも無責任な記事なので、どうしてキーワードが無いというのはどういうことだったのかを考えてみる。

まず最初に案外重要なことを書く。マクロすぎて、概念的すぎるので、日本のメディアはあまりこのことを書かない。だがとても重要なことだと思うので、GASKETではきちんと整理しておく。数年前から(たぶん2017年だ)、主催者であるCTAはCESを「Consumer Electronics Showとは言わないように」とアナウンスしている。CESはあくまでもCESだということだ。なお、CESは「シーイーエス」であって、日本のよくわかっていない人やメディアは言うような「セス」という言い方はあり得ない。

CTA自身も、2015年からConsumer Electronics Associationから Consumer Technology Associationに自らの名称を変更している。そのCTAによるプレゼンテーション「2020 Tech Trends to Watch」では、2020のトレンドとしてIoTはInternet of ThingsからIntelligence of Thingsへシフトしていると指摘した。モノのインターネット化からモノの知性化ということだろうか。これはAI+IoT=AIoTとほぼ同義だと思っていい。ちなみに「AIoT」はシャープが商標登録している。

CES2020のキーノートに立つシャピオ会長

そしてCTAのCEOであるシャピオ氏は、公式にはCESはCESだと言っているので若干矛盾はあるのだが、CES2020をConsumer Experience Showだと説明した。日本でもよく言われる、モノから体験へという話である。この体験、エクスペリエンスへのシフトと言う指摘はそのとおりだと思うのだが、CES2020で語られたエクスペリエンスはもっと幅広く、連続的かつ継続的であり、いちばん重要なことは「社会的」であることだ。

例えばデルタ航空のキーノートでは、予約、自宅から空港までの移動、チェックインからボーディング、機内サービス、バゲージクレーム、目的地までの移動、目的地での次の行動のすべての過程における体験を連続的にトレースするサービスであることだけではなく、例えばパワードスーツによる従業員の安全や健康確保までも含めていることだ。昨日はCAの制服の素材の安全性(金属やアレルギー関連の問題のようだ)に問題があるとして、2021年までに制服の素材を変更するとアナウンスした。

デルタのキーノートに登場したパワードスーツ。重たいバゲージを運ぶ作業で使われる

トヨタが街を作る話も、単に日本は規制が厳しいので私有地でやるのだろうという目線で見るのは大きな誤りである。これは暮らし全体の中でモビリティの果たすべき役割に関して、数千人単位の環境で試しながら考えていくという真の社会実験である。

ソニーのクルマも、カメラやセンサーをモビリティに提供しているからと言う次元だけではなく、クルマの中の過ごし方に対してオーディ&ビジュアルを軸にしてソニーは何ができるのかを自ら問うているのだ。(自動運転のあるべき姿ついて、筆者はある確信を得たのでこれは別途記事にする。)

ソニーのプレスカンファレンスで発表されたVISION-S

CES2020は最新技術によるデジタル家電ショーではなく、社会をテクノロジーで変えて行くことを考える場なのである。

数年前の自動運転やEV車までは結局は技術論だったが、CES2020からは社会論に舵を切ったのである。それだけ技術が成熟してプラトー(高原)状態だとも言えるし、まずは一旦デジタルとAIで世の中を再構築しようよ、ということでもある。

テレビが主役ではないからCESに行かないと言っているテレビ関係者や、5Gが来てないからCESはつまらないとか、そういう見方ではダメなのである。20年間のCESの経験の中で、一番大きく変革を遂げたと思うし、見どころ多すぎて一体どうしたものだろうかと途方に暮れるのである。おそらくあと2年位この傾向が続き、きっと再び個別各論に細分化されていくだろうと思っている。