クリスマスというベンチャー精神

AI/Digital Signage/Funding/IoT/Media /

GASKETは複数のエキスパートが執筆者として名を連ねているので、書き手は一人ではない。だから書き手の中にはクリスチャンもいるのかもしれないが、筆者はそうではない。ほとんど無宗教に近いが、シンパシーとしては真言宗とか神道とか、つまり親の影響を受けて必要に応じて手を合わせたり叩いたりする、ある意味で典型的な日本人である。

そんな筆者なので、なんの迷いもなく誘われたらクリスマスのミサに出かけたりするし、かといって自分から行こうとは思わないのだが、今年は縁あってたまたま出かける機会があった。そしたら割といい話を聞けたので、ご紹介したい。

キリスト降誕の話を聞いたことがある方はいるだろう。天使ガブリエルから受胎告知を受けた聖母マリアが、夫ヨセフと共にヨセフの本籍地であるベツレヘムへ住民登録に出かけた際、馬小屋でキリストを産んだ、というものである。当時はまだマイナンバーも存在せず、住民登録に足を運ぶなんて随分と昭和な…いやいや、そこではない。

受胎告知も、降誕後の東方の三博士のエピソードもそうだが、「この世を救う存在が生まれる」というお知らせをうけて、キリスト降誕への期待は高まっていた。しかし生まれてきたのは、当たり前だが、赤ん坊。こんな子供に一体何ができるのかと、きっと期待を寄せていた人たちは落胆したに違いない。

大事なのはそこからである。実は父親がヨセフではない子供を身ごもったがゆえに苦悩を抱えながら出産を決意するマリアや、そこに集まった動物たちをはじめ、キリストの周りの人たちは、赤ん坊を大切に育てようと考える。それは人間としての本能でもあるのだが、か弱きものを守り、育てることこそが人間らしい営みの表れなのだ……そんなふうに司祭は話していた。

筆者はそれを聞きながら、これはスタートアップや新規事業の必要性にも通じる話だと、改めて思っていた。そんなことを考えながら有難い話を聞いてしまう時点で世俗にまみれているかもしれないことを甘受しつつ、そうしなければ社会は「進化」しないし、進化のない社会は「進歩」もないからである。

これはベンチャー一般に対する批判でもあるのだが、新しければ何でもいいのか、という批判は常にある。もちろん、何でもいいとは言い切れないだろう。しかし、新しいものが生まれることによって、古いものはなくなっていく。そして新しいものが生まれなければ、古いものを使い続けなければならない。

日本人はしばしば「大切にものを使い続ける」ことを美徳としてきた。それはそれで、正しい面もある。しかし一方で、「消費期限切れの食品を食べ続ける」ことであったり、「OSアップデートが終了したPCを使い続ける」ことでもある。それはもはや、顕在化していないリスクに対するロシアンルーレットであり、それなりの確率で「腹痛」や「ウィルス感染」が起こるかもしれない。

おそらくこうした、いつか起こりうる瓦解や崩壊への漠然とした恐怖が、いまの日本社会を生きづらいものにしているのではないだろうか。そう考えると、生まれた赤ん坊が社会に存在するということは、もしかするとそれ自体が私達の喜びなのかもしれない。その赤ん坊がたとえキリストにならないにしても、である。

2019年は、当たり前だが、2020年の前の年である。2020年は日本社会にとって重要な年になることは、多くの人が感じているところだろう。そんなビッグイヤーを意識してかしていないかは分からないが、今年もたくさんのスタートアップが誕生し、多くの新規事業が生まれた。手前味噌だが、GASKETを運営するビズライトテクノロジーも、埼玉高速鉄道の全車両にDOOH端末を設置・運営するという新規事業をスタートさせた。

DOOH事業も含めて、そのすべてがうまくいくかは、分からない。というより、すべてがうまくいくことなんて、ありえない。しかし、すべてのスタートアップや新規事業は、生きようと必死にもがいている。そしてそれに対して、手をさしのべる人もいれば、単なる赤子だと落胆する人もいる。

願わくば筆者は、そしてGASKETは、前者でありたい。そんなことを考えている、12月25日である。さて、どこかに赤ん坊は生まれただろうか。