ワイヤレスという美観と快感

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少し前にアルバニアの首都ティラナを訪れた。この国名と都市名だけで「あー、あそこね」という方は、旅好きか、歴史好きか、はたまたアマチュア無線愛好家だろうか。日本との縁がないというより、世界的にもあまり知られていない国である。

場所はヨーロッパ、アドリア海を挟んだイタリアの東側。南はギリシャと、北はコソボやモンテネグロと国境を接している。オスマン帝国時代の名残で、欧州で唯一に近いイスラム教が多数派の国だが、極めて世俗的なのでその気配は街中では感じられない。1990年頃までほぼ鎖国状態だったという、いかにも旅好きが好みそうな国である。

EUにはまだ加盟しておらず、つい先日もフランスが難色を示したというニュースが入ってきた。従って通貨はユーロではなく独自通貨のレク。物価の安さは経済の弱さでもあるのだが、気候も温暖で食べ物もおいしく、そして何より街の人々が優しくて、治安がいい。観光客にはとても有難い国でもある。

そんなティラナの中心部を散歩して、電線と電柱がないことと、広場や散歩道への自動車の乗り入れが原則禁止されていたことに気がついた。散策に出たのは会議を終えた夕暮れ時だったのだが、マジックアワーがひときわ美しかったのは、やはり電線がないことが大きい。そしてその美しい空をぼんやりと眺められるのは、自動車に轢かれる心配がないからである。気がつけば、ストリートミュージシャンたちのアコーディオンやバイオリンの音色、そして囁きあう若者達の静かな笑い声が、街を満たしている。

GASKETは無電柱化推進派というわけではないし、筆者も「絶対にそうすべき」だとは今でも思わない。ケーブルの地中埋設は費用がかさむし、災害発生時に水没しかねないとしたら架線の方が堅牢である。また、電線と電柱のある風景というのも、場合によっては悪いものではない。

しかし美しいティラナの景色を思い出す時、無電柱化に反対する必要もないという気分になった。5G時代はミリ波の基地局をマイクロセルで高密度に敷設しなければならないのだから、むしろ電柱が残されるべきだという意見がある。それはそれで分かるのだが、21世紀にもなってそんなことをテクノロジーで解決できないのだとしたら、それはそれで少しおかしな話でもある。

そう、ワイヤレスは、美しいのだ。電線であろうとUSBケーブルであろうと、ワイヤは常にゴチャゴチャしがちで、混乱を絵に描いたような姿である。それに比べて、ワイヤレスはデバイス本来の美しいデザインが際立つ。

そして、ワイヤレスは、快感でもある。Bluetoothヘッドフォンによってスマートフォンから「ヒモ」がなくなったが、その自由度は単なる景観の美しさだけでなく、スマートフォンと外部デバイスの自由度を高めていく。ヘッドフォン(音声)よりもヘッドマウントディスプレイ(画像)を使ってみた時に、ワイヤードとワイヤレスの違いの大きさに、多くの人は驚き、後者の自然さを好ましく思うだろう。

美しくて心地よい街が、ワイヤレステクノロジーによって出現する。仮にそうだとしたら、5G時代こそ、審美眼が求められるかもしれない。暮れなずむティラナの街で、そんなことを考えていた。