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「セクシー」というような形容詞を使わずとも環境問題は議論できる

AI/IoT /

小泉進次郎環境相の「セクシー」発言があちこちで議論を呼んでいる。

小泉環境相「気候変動の問題、取り組むことはセクシー」(朝日新聞)

さすがにセクシー(sexy)という言葉はいただけない。身内での「このプレゼンはもっとセクシーに」という言い方ももはやギリギリのところにあるが、対外的には日本語であろうと英語であろうと、単純にダメである。発言自体は「環境問題に関心を持ってもらおう」という目的だろうし、その趣旨には共感するが、言葉の選び方一つですべて台無しとは、正しくこのことだろう。

ただ、それ自体は、その程度で片付ければいい話である。GASKETが考えたいのは、セクシーという言葉の選び方ではなく、そもそもこうした「形容詞的表現」で社会問題を論じることのセンスについて、である。

形容詞というのは、「美しい」とか「楽しい」という言葉だ。それ自体は日常生活で普通に使われる言葉だし、形容詞が悪いというつもりはまったくない。むしろ、個々人が何かに取り組む時の自発的モチベーションとして、形容詞は重要だと思う。

美しいものを作りたい、楽しい時間を過ごしたい。それに取り組む人たちから発せられる言葉としては、なんと素晴らしいことだろうか。

一方で、それは他者から強要されるものではない。「美しいものを作りなさい」「楽しく時間を過ごしなさい」と言われるのには、違和感があるということだ。

これはGASKETの主観だけではないはずである。なぜなら形容詞の強要とは、他者との間で定義や共有が不可能な、内部の評価基準や評価軸を押しつけられることの違和感、ということである。つまりそこには何らかの権力関係が存在していて、言われた側は従わされている、ということである。

では私達は、環境問題のような、多くの人の合意を必要とする話題を、どのように議論すればいいのか。方法は単純で、多くの人が共有可能な表現をすればいい、とGASKETは考える。

もっと分かりやすく言えば、数値化しよう、可視化しよう、ということである。そしてIoTやAIはそのためにあるはずだ。

たとえば先日、欧州で特急電車に乗った。片道3時間くらいなので、飛行機も飛んでいる路線だったが、3時間といえば乗り換えや空港の移動を考えれば、電車の方が結果的に早くて便利である。また欧州の鉄道には食堂車や車内販売も残っており、道中は結構楽しい。また駅の風景も含めて、日本ではなかなかない、旅情のようなものを感じられる。そして何より、安い。

というわけで、環境問題のことを考えずに進んで買ったのだが、切符をネットで予約して必要な書類をプリントアウトしたら、こんな記載があった。

ドイツ語は分からないが、分からなくても一目瞭然だろう。鉄道に乗ればこれだけ二酸化炭素を消費しています、つまり他の手段よりも削減に貢献していますよ、という明確なメッセージである。

IoTやAIを普及させるというのは、何も技術を広めていくだけではない。その技術を使ったコミュニケーション手法を広めていくということでもある。逆に、そうしたアプローチがなければ、いつまで経っても「特別な人向けの技術」に終始して、市場は広がらない。

GASKETは、それはつまらないと考える。なので、どうすれば人々の会話が活発かつスムーズに進むかを、常に同時に考えたいのである。