平成というインターネットのカンブリア紀を超えて「令和」時代のネットを考える

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平成が終わり、令和が始まった。

日本の元号とインターネットの歴史に関係があるはずもないのだが、不思議なもので、平成の30年間はインターネットが人類に普及する30年でもあった。

インターネットの歴史に関する記録にはいろいろなアプローチが存在するが、平成元年、つまり1989年当時を振り返るには、やはりJPNICがまとめた「インターネット歴史年表」が参考になる。

これを紐解くと、1980年代前半は、日本の学術組織を中心として構成されたコンピュータネットワークであるJUNET(Japan/Japanese University NETwork)の設立をはじめとして、水面下で動き始めた日本のインターネットが、徐々に海外ネットワークとの相互接続を開始した時期である。

そうした積み重ねの結果、1989年は日本のドメイン名(今日におけるトップレベルドメイン)が”.jp”に決まり、それに伴ってIPアドレスの割当が始まった年となった。ほぼ完全に偶然ではあるのだが、日本におけるインターネットは、正しく平成元年からスタートしたといえる。

1989年はもう一つ、興味深い年でもある。当時は欧州原子核研究機構(CERN)に在籍していたTim Berners-Leeが、HTML(HyperText Markup Language)の原形となる提案を公開した。多くの方がご存じの通り、スマートフォン向けのアプリを含め、ネットサービスのほとんどは、WWWの技術を用いて作られている。

すなわち、日本国内だけでなく世界的に見ても、現在のインターネットの骨格も、やはり平成元年に生まれたのだ。

さらに同年表をさらに読み解いていただければお分かりいただけるが、翌年の1990年以降は、記録すべきイベントが年を追うごとに増えていった。そのひとつひとつが歴史の始まりそのものであり、その姿は地球の歴史上で生命が大きく発展した「カンブリア爆発」を彷彿とさせる。

そう、インターネットは、平成の世に大きく花開いた。そして今や私達人間の社会生活にとって、なくてはならないものになりつつある。そんなカンブリア紀を超えて、「令和」にはインターネットにとってどんな時代になるのだろうか。否、これからのインターネットは私達に何をもたらしてくれるのだろうか。

GASKETは預言者ではないので、未来を完璧に見通すことはできない。ただ、いくつかはっきりしていると思うこと、そしてその確信の下で取り組んでいることがある。それは、人間そのものだけではない、世界を構成する様々なモノやコトのデジタル化とネット化が、人間の生活を一層豊かなものにするだろう、ということである。

振り返ってみれば、平成のインターネットはPCやスマートフォンといった「特定の窓」ごしに利用していた。それがあまりに私達の生活習慣として定着したので、もはやその窓をのぞき込むことに違和感は覚えない。しかし、平成が始まるころ、電車の中でノートPCを開いていた人に対して、私達は怪訝そうな表情を浮かべていたはずだ。

その頃を思い出しながら、現在のネット利用を振り返って見ると、なぜ私達は特定の窓ごしに「しか」ネットを利用できないのか、ということに気づくはずだ。これだけネットによる生活の便益が増した以上、むしろ「窓」は私達を制限する邪魔ものであるとも言えないだろうか--GASKETはそんなことを考えている。

だとしたら、平成を超えたインターネットは、そうした窓を取り払うところから始まるのだろう。計算機工学の世界では、それをアンビエント・コンピューティング(環境のコンピューティング)と呼んでいるが、それが具現化していくのが「令和のインターネット」となるのだろう。

今日から始まる新しい時代が、楽しみで仕方がない。