下北沢駅の中央改札券売機スペースのデジタル利活用は空回り

Digital Signage /

交通系ICカードが登場する前には、駅には券売機が何台も並び、そのうえには大きな運賃表が掲出されているのが一般的だったが、交通系ICカードの普及によって切符の購入機会が減少し、券売機の台数は減り、空いたスペースの有効活用としてお知らせを行うためのサイネージや案内用機材の設置が検討されてきた。

2019年3月、下北沢駅の京王井の頭線と小田急線の改札が分離され、それに伴い新設された井の頭線中央改札では、運賃表をデジタルサイネージにするとともに、券売機の並びに券売機と同じサイズの案内ロボットを設置する、かなり意欲的な構成となっている。運賃表サイネージは、解像度2Kの狭額49インチモニターが横に4つ並んでおり、券売機が設置されている左側の2面と半面をつかって運賃表、残りの半面に運行情報、一番右のモニター1面で自社広告を放映している。また、券売機スペースの右端が、ロボットになっている。

京王電鉄の運賃表は、白背景に黒文字でデザインされているが、ここだけは黒背景に白文字になっている。デジタルサイネージ上で文字を探すときに目が疲れにくいように配慮したのだろう。解像度は2Kで細かい英字は若干潰れて遠目には見えにくいが、券売機の目の前で見上げて見る分には読める。

デジタルサイネージ化していない京王電鉄の運賃表は、白地に黒文字。
デジタルサイネージ化していない京王電鉄の運賃表は、白地に黒文字。
デジタルサイネージ化した運賃表は黒地に白文字になっている。
デジタルサイネージ化した運賃表は黒地に白文字になっている。

運行情報は、京王電鉄アプリで公開されている「列車運行情報」と同じで、列車がどのあたりにいるかをリアルタイムに表示するコンテンツだ。サイネージでは、下北沢駅から2駅分の区間を走る列車がアイコンで表示される。

運行情報は、京王電鉄のアプリでも公開されている在線情報のうち、下北沢駅の前後2駅の区間が表示される。
運行情報は、京王電鉄のアプリでも公開されている在線情報のうち、下北沢駅の前後2駅の区間が表示される。
こちらは京王線アプリの画面

しかし、この画面を見ている人は、まったくいなかった。第一に、ほとんどの人はICカードを持っていてそのまま改札に向かうため、券売機上のモニターには目線が向かわない。第二に、これから乗る人にとっては「次の列車が何時にくるのか」「種別は何か」が重要な情報になるが、改札上に列車の種別と発時間を案内するモニターが設置されており、そちらで事足りるからだ。列車の運行が乱れたときには、発時間の案内は無意味になり、実際にいまどこを列車が走っているかを示す運行情報のほうが価値を持つだろう。しかし、そのような事態になったとしても、この場所にそのような情報が掲示されていることにどれだけの人が気づくだろうか。

乗車する人は、右手の出入り口側からまっすぐ左手にある改札に向かうため、券売機上のモニターは見ない。それよりも、改札うえにある次発案内のサイネージを見る。
乗車する人は、右手の出入り口側からまっすぐ左手にある改札に向かうため、券売機上にあるモニターは見ない。それよりも、改札うえにある次発案内のサイネージを見る。

右手の端に設置されている案内ロボットは、オムロン製のロボットで、音声での問いかけに答える形で、案内を行う。案内できるのは、「乗換案内」「駅構内」「下北沢駅周辺」の3種類となっている。

案内ロボットは音声対話によって京王電鉄内のルート案内や、駅構内案内、駅周辺案内を行う。
案内ロボットは音声対話によって京王電鉄内のルート案内や、駅構内案内、駅周辺案内を行う。

音声認識能力は高く、的確に利用者の発話を認識していた。ロボットが発話中に騒音が発生すると、割り込まれたと認識して発話を中断、改めてはじめから説明を繰り返すなど、改善の余地はあるが、周囲での発話や鉄道走行音などの雑音が多いなかでも、声を張り上げることもなく会話できることには驚かされた。

ただ、そもそもの話になるが、Google HomeやAlexaなどのスマートスピーカーも含めた音声対話AIには、質問する側には無限の自由が与えられているのに対し、実際にこれらの機械が応えられるのはごくわずかとの非対称性があり、これが利用者にとって大きなストレスになるという根本的な問題がある。これに何の有効な回答もないままに、このようなロボットを設置するのは、安易すぎるのではないか。利用者の立場で考えてほしい。何に答えられ、何に答えられないのかがあやふやなAIよりも、応えられる範囲は限定的であっても利用者の疑問にしっかりと応えられる「乗換案内アプリ」「構内図」「周辺地図」を設置するほうが、ずっとストレスなく利用できるはずだ。しかし、そのような単機能の設備を設置するには、利用者がどのようなシーンで、どのような迷いを持つのか、それに対してどのように案内するべきなのか、そこをしっかりと考えなければならない。これをサボった結果が、このような「なんでもAI」になっているように思えてならない。

また、乗換案内は、京王電鉄内にしか対応していないため、たとえば、新宿までの経路を案内すると、「早い」「乗換が少ない」との条件を付けても、かならず明大前で京王線に乗り換えるルートが案内される。真後ろにある小田急線に乗れば、1本で行けるにもかかわらずだ。個人として経路を尋ねられたとき、このような案内を胸を張ってできるのだろうか。

ルート案内は京王電鉄内に限定されるため、新宿までのルートも、1本で行ける小田急線ではなく、井の頭線から京王線に乗り換えるように案内される。「早い」「乗換が少ない」との条件をつけてもこのような案内を行うのは、優良誤認表示ではないか。
ルート案内は京王電鉄内に限定されるため、新宿までのルートも、1本で行ける小田急線ではなく、井の頭線から京王線に乗り換えるように案内される。「京王線で行く場合は」とのエクスキューズがあるとはいえ、「早い」「乗換が少ない」との条件をつけてもこのルートの案内を行うのは、優良誤認表示ではないか。

運賃表をサイネージにする、そこに運行情報を出す、案内用のロボットを設置する、どれも利用者の利便性のためだろう。しかし、UXの観点が抜けおちているために、根本的なことをいくつも取りこぼしている。