理科の実験からエナジーハーベストまで。トイレの満空情報でIoTビジネスの想像力を膨らませよ

AI/Digital Signage/IoT /

あるシネコンのトイレの課題である。映画館という場所の性格上、上映が終わると全員が同時に退出をしその際にトイレに行く人が多い。上映開始時は来館のタイミングがバラけているのであまり問題にならない。つまりトイレの利用者数の振れ幅が大きく、ピーク時に合わせたトイレの数を設置することは難しい。さらにこのシネコンの女子トイレでは、建物の構造上、一つだけ存在がわかりにくい個室があり、この個室が使われないことが多い。元々トイレが空いている状況でもこの個室は使われにくく、混んできたときにはじめて誰かがその存在に気づいてやっと利用される状況だ。この課題を解決するにはどうしたらいいか。

最近はカメラやセンサーを用いて「満空状況」をデジタルサイネージに表示する事例が多い。トイレなので「カメラは使えないが、何かいいセンサーはないか?」と相談が来た。

しかし、ここでよくこの案件の状況を考えてみる必要がある。この場合、映画館のお客様に必要なことは「どこのトイレが空いているか」ではなく、「どの個室が空いているか」でもなく、「この個室は空いています」を知ることである。そして訴求対象はすでにトイレにいる人である。よってシネコンの入口やトイレの入口で情報表示しても意味がない。もちろんこの場面において(場面が変われば話が異なるのは後述する)スマホでどの個室が空いているかを探す人がいるわけがない。

個室の前で列ができている状況で、奥のわかりにくい個室も含めて満空状態をどうやって検出して、その情報をどうやってそこに並んでいる人に伝えるのが良いか。センサーでセンシングして、トイレ内の見やすい場所にディスプレイを設置して、マップ上に満空を表示するのだろうか。検討を進めるディスカッションの中で、「エナジーハーベストに対応したストライクスイッチ(ドア金具)からワイヤレスでIoTゲートウエイを介してデジタルサイネージのCSMをダイナミックに制御して表示を切り分ける」という呪文のような最先端の方法が検討された。

だが、このケースではそうではないだろう。

スキポール空港の臨時トイレ

たったこれだけのことで十分ではないか。

この写真はアムステルダムのスキポール空港の臨時トイレだ。単に赤と青のライトが点灯しているだけだ。これなら多言語化も必要なし。ITセンサーも必要なくて、昔の自動ドア(最近はほぼすべてセンサー化しているが)の重量検知のためのマイクロスイッチを仕込んだマットを敷けばいい。女性用トイレの個室では入室から退出までの間、かなり狭いエリアに足があるので、そのエリアに対してだけ検知できればいい。あとは単純に満空どちらのライトを点灯させるかは、IoTは必要なくデジタル回路である必要すらない。またこれが在室時にのみ点灯させると、満室時の表示状況がわからないので一瞬考えてしまうだろう。写真のように複数の個室で赤と青のどちらかで点灯していれば、すべてのことを一瞬で誰でも理解できる。すごく良くできているUI・UXである。

香港空港の香港航空のラウンジのトイレ。「使用中」のみが点灯するので、「空き」の状況がこれだけではわからず、ほんの一瞬考えてしまう。UI・UXというのはこういうことだ

IoTを否定しているように誤解されるとよくないので補足しておくが、最新のエナジーハーベスト技術を利用する方法もある。これはたとえば大規模商業施設、高速道路のSAPA、ターミナル駅、空港などで、トイレのある場所に行く前に行くかどうか、どこに行くかを判断できたり、また利用者数をカウントすることで清掃のタイミングがわかるといったケースに極めて有効である。

トイレの満空情報と言っても、状況によって課題が異なり、求められる要件もまるで違う。それを解決する方法も「最新のIoTやAI」から「マイクロスイッチで赤と青のライトを切り替えればいいじゃん」という小学生の理科の実験レベルで解決できることまで、ものすごく幅が広い。これまではIoTやAIを使うには大きなコストや技術を必要としていたが、この事例のレベルであれば、理科の実験のコストには勝てないが、想像よりも遥かに安価で実現できるようになっている。豆電球の切り替えとストライクスイッチによるセンシングが同格レベルになりつつあるということだ。この辺りの幅広い技術的な知見と、その時その場の利用者目線に立った最適な方法の検討。これが圧倒的に重要なのである。