【温故知新】メリット無きCMスキップ【2005年】

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この記事は2005年の7月に、日本経済新聞社のIT-PLUSで筆者が執筆したものである。13年前と今は何が変わったのか変わっていないのか。以前に書いていた記事の中には、今読み返すといろいろな点で参考になる物が多いので今後いくつかをピックアップしていこうと思う。なお記事本文は当時公開されたもののままで、編集は加えていない。

野村総合研究所と矢野経済研究所の調査結果によれば、HDDレコーダーユーザーの7割がCMスキップをしているようだ。また電通によれば、CMスキップによって、CM認知度は下がらないという結果も出ている。各社の調査や主張の信憑性や正当性を論じる意図はないが、CMスキップは少なからざる割合で存在しているであろうことは想像に難くない。今後の放送ビジネスにおける影響について私の考えをまとめたみたい。

放送局に無視されてきたCMスキップ

CMスキップと言う行為は、実は昨日今日始まった話ではなく、VHSデッキの時代から存在していたし、そもそもザッピングすらそれに該当するという主張もある。リアルタイムでテレビをみていて、CMタイムに入ったとたん、思わず早送りボタンを押してしまった経験は多くの人がお持ちだろう。ではなぜ今ほど話題にならなかったのか。理由は2つある。1つはメディアがテープなので録画される絶対量が少なく影響はさほどでもないと言う判断。もう1つは録画視聴そのものの存在を放送局が無視してきたからである。ところがHDDレコーダーの登場によって録画容量が巨大になり、EPGなどで操作性も格段に向上してきたことによって状況は変わりつつある。

私自身、CMスキップは良くないと考えている。
最終的には視聴者にとって利益にはならないのではないかとい考えているためだ。この連載の初回でも触れたが、全チャンネル全番組が録画されている機器が普及して、そのうち誰もCMを見なくなったらどうなるのか。リアルタイム視聴をその広告取引の基準としている現在のスタイルの地上波民放テレビ局が消えて無くなってしまうのだ。

現在の広告をベースにしたスタイルは、ビジネス的に見ると非常に良くできたモデルである。テレビ局、広告会社、スポンサー企業そして消費者であり視聴者でもある私たちが「五位一体」で作り上げてきた素晴らしいビジネスモデルだと私は思う。これまでのテレビのビジネスモデルを全て否定して、それに変わる新たな優れたビジネスモデルが登場しているとは今のところは思えない。インターネット放送は有力で魅力的だが伝送路やIP技術という技術的観点以外のビジネスモデルの分野でテレビを否定できるまでは発展していない。

CM分の金額を誰が負担する?

CMスキップが行き着く先は、民放地上波テレビ局の消滅だ。
話をわかりやすくするために数字を丸めてしまうが、日本のテレビ広告費2兆円を人口で割ると1人当たりおよそ2万円である。この2万円は広く薄く様々な商品サービスに転嫁され、それがCM費としてテレビ局に流れ、それを元に番組が制作、放送されている。つまり我々が番組制作費を間接的に負担しているとも言えるし、間接的な受信料を支払っていると言えなくもない。その金額は4人家族ならば年間なんと8万円だ。

では民放テレビ局が無くなり、この2万円の負担が無くなるとどうなるのか。
年に2万円が手元に残る変わりに、テレビ局は全部有料放送とせざるを得ない。有料放送に対して誰も受信料を支払わなければ、テレビメディアが日本から消滅して、企業の広告宣伝活動は縮小して、巡り巡ってあなたの給料は減ってしまうかも知れない。仮にあなたが2万円を全額受信料として支払ったとしても、中には払いたくない人もでてくるだろう。そのような状況だとテレビの媒体力や影響力が小さくなり、CM量は減少して新商品の情報もテレビからは得られにくくなるだろう。番組コンテンツも有料放送と無料放送では権利処理などが異なり、無料放送だからこそ放送できるものもあるのでこれまでと同じものを放送するというわけにはいかない。

この2万円の間接負担モデルそのものを議論することはかまわないが、この経済循環を根本から変える必然性は薄いのではないかと思う。あるいは逆にこの議論をすることによってCMスキップ問題はある一定の解決点が共通認識として見いだせるのかも知れない。
もちろん、手元のリモコンにCMスキップなどと書いてあればだれもが押したくなるのが人情だ。ではどうすればいいのか、テレビ局側から見ると、守りから攻めまでいくつかのパターンや段階が考えられる。

① そもそも録画をできなくすること
デジタル放送の視聴制御機能でコピー出来なくすること、いわゆる「Copy Never」とすることは技術的には可能であるが、視聴者やメーカーの理解を得られるとは思えない。

② CMスキップ機能付きのHDDレコーダーを販売できなくすること
これはテレビ局自ら製造や販売のリスクを負わない限り、家電メーカーによる自由競争があるので実現不可能だ。この領域に地上波テレビ局が踏み込むとは考えにくい。

③リアルタイム視聴を減少させないこと
テレビ業界人にとってはお得意の分野だ。録画しても意味が無いようにすればいいのだ。実はこれまでも行われてきた手法で、単純には生放送、生番組を増やす。そういう視点で番組表を見ていただければいかに生番組が多いかに気がつくに違いない。そこにはリアルタイムで見たいと思わせるような様々な演出上の工夫がぎっしり詰まっている。最近では番組とCMが溶け込むような例もある。スポーツ中継のCMタイムに入る前に、リビングで家族が同じ中継を見ているシーンが流れる。するとリビングのテレビではある商品のCMが流れ、家族はその商品について会話し、やがて本物のCMが流れるといった具合である。インフォマーシャルとか記事広告と呼ばれるものに近い。放送法51条との兼ね合いもあるだろうが、こうした制作的な工夫は今後も継続されるだろう。

④タイムシフト視聴を広告取引に使うこと
「現行のテレビ視聴率はライブ視聴を基準にしているので、VTRやデジタル録画機による録画再生については視聴率に換算していない。よってテレビCMにおいてCMスキップは直接影響しない」というのが冒頭で示した調査結果に対するテレビ局や広告代理店側からの反論の趣旨である。それはその通りなのだが、ライブ視聴が今後も減少しないと言い切るのは無理があるのではないか。今後ライブ視聴が増加しようが減少しようが、リアルタイムでは多くのリーチを獲得しにくい時間帯の番組でも、タイムシフト視聴であれば新たな掘り起こしができるはずだ。あとは換算するルールを策定して市場で取引すればいいだけの話である。問題は言い出すタイミングだけだ。

⑤タイムシフト視聴を制御すること
連載初回に書いたような、タイムシフト編成権を制御することだ。この編成ノウハウもテレビ局には多くの蓄積がある。全部録るのは何も録らないのと同じ。見せ方=編成であり、突き詰めるとテレビ局の唯一にして最大の仕事である。テレビ局としてはインターネットやブログなどを利用して出現するであろう悪意ある「勝手メタデータ」の流通は認める訳にはいかないところだから、自ら行う以外には選択肢はないはずだ。

⑥オフエア収入を増加させること
ケータイやウェブ、さらにはネット配信やビデオオンデマンドといった従来のオンエアとは別のオフエアの収益源を確保し、2010年頃には行き渡るHDDレコーダーはもちろん、まもなく動画に対応するであろうiPodのようなポータブルデジタルプレイヤーなどを視野に入れた展開が重要になるはずだ。

テレビ局の擁護の立場のように聞こえるが、市場を継続的に最大化し続けるにはこうした観点が必要だ。デジタル家電の中でもテレビ録画機器の持つ意味は大きい。テレビ局側もメーカーと一層協力しながら、ハードソフト一体となった放送サービスの実現を目指すべきである。

(本稿は2005年7月に日経IT PLUSに執筆した記事である)