【温故知新】ロケーションフリーTV【2004年】

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この記事は2006年の9月に、日本経済新聞社のIT-PLUSに筆者が寄稿したものである。13年前と今は何が変わったのか変わっていないのか。以前に書いていた記事の中には、今読み返すといろいろな点で参考になる物が多いので今後いくつかをピックアップしていこうと思う。なお記事本文は当時公開されたもののままで、編集は加えていない。

 

2004年1月、ラスベガスでのCES、コンシューマー・エレクトロニクス・ショーのソニーブースで、なぜか日本のテレビ番組を流しているデモがあった。何の編集もすることなくアメリカの展示会場で日本のテレビをそのまま流していることを不思議に思い、近づいて話を聞いて非常に驚いた。そこで流されていたのはなんと、東京キー局のオンエア映像をインターネット経由でリアルタイムに見せていたのである。「ロケーションフリーTV」と名付けられたその製品は、まさにテレビ版「どこでもドア」といった印象であった。

ロケーションフリーTVは元々「エアボード」と呼ばれていたもので、2000年12月にはじめて登場した。エアボードは「無線LAN付きの液晶モニタ端末」といった商品であったが、ほとんどヒットすることはなかった。そして2004年1月、「家からテレビを持ち出す」というコンセプトを取り入れたのがロケーションフリーTVである。その仕組みは、ベースステーションと呼ばれるチューナーと無線LANルータが一体になったような機器をインターネット接続する。UPnP機能を搭載したルータと接続すれば簡単にネットワークの初期設定が終了するようだ。これで世界中どこでもインターネット越しにテレビが見られるのである。

先日発表された新機種は、クライアント側がそれまでの専用モニタ端末から、PC上で動作するソフトウエアになった。また価格も改定されこれまでの10万円以上から、ベースステーションが3万3000円前後、ソフトウエアは2000円前後というずいぶんと刺激的な価格設定である。

HDDレコーダは既存のテレビ視聴の中で「タイムシフト」を実現させ、それによって視聴者による「CMスキップ」などがテレビ局や広告会社の間で問題となっている。一方このロケーションフリーTVはユビキタス的な視聴スタイル、「プレイスシフト」を実現させるものといえるのだが、これもなかなか物議をかもす内容を含んでいる。

それは放送エリアの問題だ。

放送局の免許や番組、CMの著作権は「エリア」を基準にしている。映画などの放映権も、CMタレントとの契約も放送エリアに応じて契約が行われる。地上波でのエリアというのは電波の届く範囲と同じことだ。となると、先ほどの東京キー局の映像をラスベガスで見る場合のエリアはどう考えればいいのか、という問題である。

これに対してソニーは「インターネット経由で自宅のテレビをのぞき見る」ので問題はないという見解である。これは放送ではなく、あくまでユーザーの自宅の環境を外出先でも再現するというソリューションであり、用途も個人使用を目的としており、認証や伝送時の暗号化も行なわれる。1台のベースステーションが自宅に設置され、端末は4台まで設定可能であるが同時アクセスは出来ない。確かにフェアユースという立場に立てば問題はなさそうだ。主な商品ターゲットは、海外居住者や出張族。あるいは地方出身者が故郷のローカル局を見たり、地方で東京キー局を見たりと言うことだ。

「プレイスシフト」も積極的に認めにくい立場であろうテレビ局であるが、面白いことにあるネットワーク系列ではローカル局の東京支社などで、普通では見られない自局の番組のモニタに使っていると言うから話はなかなか複雑である。

日本のテレビが海外で見られることは、出演者や音楽著作権者はともかく、テレビ局自体にはさほど失うものはない。かといってこれをもって、在留邦人市場取り込みによる視聴機会の拡大という話は切り出しにくい。逆にたとえば外国の放送の権利を有する国内の放送事業者からすると、アメリカに設置されたベースステーションからの映像を日本国内で視聴されると、彼らのビジネスとしては影響が出るはずである。アメリカ国内で日本の番組を放送している事業者も同様だ。

国内でもローカル局では影響がないとは言えない。似たような話では山梨県のケーブルテレビ局が東京キー局の放送を流しているケースがある。また、機器は個人に買ってもらい、場所を貸して設置代行を行う業者がすでに存在しており、これは法的には問題ないのかという議論もある。また今後予想されるモバイル端末(携帯やPSP?)などがロケーションフリーTVの受信端末として利用可能になるとすれば、1セグ放送とも競合してくる可能性もある。

ネットワークインフラ的には、家庭側からの初めての「上りの高速伝送」の利用としての側面がある。通信会社にとっては、上りが遅いADSLと比較して光ファイバー普及の有力なソリューションでもあるようだ。

ロケーションフリーTVはこれまで広告宣伝が控えめ、遠慮がちだからか、魅力がないのか定かではないが、一般にはもちろん、放送業界の人でも知らないがほとんどだ。

今回のバージョンアップの特徴はその価格と端末のソフトウエア化にある。出先のホテルの部屋で自分のノートPCで自宅のDVDや録画した番組が見られることは出張族などには大いに支持される可能性がある。これまでにない新しい技術やサービスの登場によって、これまで実現できなかったサービスが開発され、それによって既得権者の権益が脅かされるというのは放送に限らず当たり前のことである。固定電話事業者が携帯電話の登場を拒否することは出来ないのと同じだ。

このロケーションフリーTVもテレビを取り巻く猛烈な嵐の中で登場した。予想通り死語になりつつあるユビキタスなテレビの登場である。最終的には視聴者がどのような反応を示すのか、今後に注目していきたい。

(本稿は2004年9月に日経IT PLUSに寄稿したものです。)