地上波テレビの「式年遷宮方式」に想うこと

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最近はテレビ関連のことには正直かなり興味が薄れている。それはあまりにもスピード感がないからだ。筆者はせっかちであり、人生はカウントダウンに入り始めたし、他にやることがう山ほどあるからだ。もちろんそれが真っ当かどうかはともかく、テレビが変わらないのにはちゃんと理由があるのはわかるし、一部のネット民の煽りや、それを面白おかしく書き立てて部数やページビューを稼ぐメディアの存在も承知している。こうしたテレビを巡る論壇は、相変わらずそれなりに活況を呈している。これらは「テレビ崩壊」か「テレビは不滅」の2言論に終止しがちで、答えというものは常にそれらの中間にあるはずである。曲がりなりにも30年近くテレビで飯を食わせてもらってきた、いまでも少なからずそうであるがゆえに、少し前に話題になった地上波テレビの式年遷宮方式なるものの話をやっと書く気になってきた。

業界紙である映像新聞の10月1日号に、こんな記事が掲載された。

NHK専務理事・技師長の児野(ちごの)昭彦氏が、都内で開かれた講演会で、新たに地上波放送高度化の考え方を提案。これは、地上波放送の周波数帯のなかで新旧2方式を併存させながら、10年ほどのスパンで次の世代の放送に移行させるというものだ。
(中略)
地上波放送の周波数帯(470ー710Mhz)である240MHz幅の中でリパックを実施し、現行システムのほかに新システム用の周波数を捻出。2世代の方式を併存させながら、10年ほどのサイクルで次世代放送に移行させるというものだ。
この方式は、神社などが、新旧の社殿用地を隣接して確保して一定期間ごとに社殿を更新・神体を移す「式年遷宮」をイメージし「式年遷宮方式」と称している。

記事中ではこの後に、その具体案として、ポストHEVCの話や、4K地上波などについて実現のための具体的なことが書かれている。

正しいと思う。

いまはデジタル技術はイノベーションの真っ只中にある。HEVCを超える新たな技術が開発されることは当然予想されるし、伝送路も、視聴端末も、ビジネスモデルも広告のあり方も、どうなるのかは預言者でもない限り誰にもわからない。一つだけはっきりしているのは、これまでのように50年を超えて(基本的に)一つの技術、一つのビジネスモデルが継続できると考えるほうがおかしい。テレビ出現以前のことは体験していないが、あの時の先人たちが果敢に挑戦したマインドはどこに行ってしまったのだろうと思う。

テレビ業界人が麻痺しているとか、自分はもう逃げ切りモードだから知ったことはないのだろうとか、ネットやIP、最近ならばAIやブロックチェーンというイノベーションは、ベースバンドで長年食ってきた人々、広告主+広告会社+テレビ局の三位一体方式のビジネスモデルの素晴らしさに慣らされすぎ人たちからは抵抗感があるのは当然である。人間は新しいことをするのは嫌なのである。そしてそれは普通のことである。

AbemaTVが上手くいくのかはわからないが、彼らがどこを見据えてプランニングしているのか、単なるネットバブルの広告費の上澄みを掬った多額の資金があるからなのか知る立場にないが、兎にも角にもテレビ業界とは異なるアプローチを始めている。

もちろん、放送業界や、広告業界も何もしていないというつもりは一切ない。広告取引一つをとっても、視聴率の考え方にしても、編成ありきからコンテンツありきへ、様々なスクリーンや視聴スタイルを統合的に扱っていこうという試みは水面下で?着実に行われている。

しかし、スピード感があまりにも遅い。これは世の中全体に言えることで、例えばメール一つとってもメールを送ればそれで仕事が終わった気になったり、コンプライアンスの名のもとにぷらっと他社のオフィスにノーアポはもちろん、意味もなくいることはできなくなってしまった。昔はよかったという老害であることは認める。でもどこか、何かが間違っている。

都会のタワマンの生まれ育った子供がダメだとか言う気は1ミリもない。人間というのは多様な環境に順応できるからここまで進化をしてきたからだ。そう考えれば今のテレビの状況も神のみぞ知るという運命の中でのほんの一瞬のことなのかもしれない。

筆者は4年半前の2014年の2月に式年遷宮方式に関してこんな記事を自身のブログに書いている。興味があればご一読願いたい。そして式年遷宮方式ではもう遅いかもしれないが、何をすべきなのかをマクロで考えていきたい。