墓石サイネージの発生メカニズム

Digital Signage /

あまり偉そうなことは言えない。墓石サイネージなどと言う単語は使いたくないし、墓石業界の方から怒られそうだし、そもそも墓石に失礼だ。しかし、悲惨な状況を晒してしまうデジタルサイネージは後を絶たない。これらが発生してしまうメカニズムと、そうならない対策を考えてみる。

この写真は今年2018年の3月11日に。台湾の花蓮市の中心部で撮影したものだ。花蓮市といえば訪問の1ヶ月ほど前の2月6日に、最大震度7級の巨大地震が襲った街だ。もともと台北だけに行く予定であったが、地震の被害は比較的限定的であることがわかったので、急遽足を伸ばして、観光をしようと思ったのである。街の中の様子は、何棟かのビルの倒壊や確認できたが、全体としては日本のニュースメディアが煽って伝えるような悲惨な状況は全体としてはなく、ごくごく自然な生活が営まれていた。

初めて訪れたので比較ができないが、観光客っぽい姿はあまり多くない感じだ。店の飾り付けなどは新しく、本来は決して寂れた街ではないことは容易に想像できる。つまり、日本人だけではなく、台湾国内はもちろん、中国や韓国などからの観光客も急速に減少したように感じられる。では、地震の被害はどうかというと、これが驚くほど普通である。我々が歩いた範囲(中心部はほぼ制覇した)では、危険な状態でまもなく解体されると思われる建物(旧遠東百貨花蓮店)を一つ見ただけである。それ以外は地震があったことすら一切感じられない。人々の生活も至って普通。花蓮市全体では、構造や工事に問題のあった4棟の建物が倒壊しただけなのである。ボランティアもいないし、テント村があるわけでもない、普通の生活である。なので「よくぞまあ、はるばる花蓮まで来てくれました」という態度に会うこともない。

こうして街の中を散策していると、写真にあるようなデジタルサイネージの残骸を見つけたのだ。

筐体はサビ朽ちて、タッチパネルディスプレイは表面が剥がれている
花蓮市の老街観光促進の記念事業だろうか
カメラが付いているということは10年経過しているわけではないと思われる

これは決してここに捨てられたものではないようだ。この場所は花蓮市の中心市街地の屋外であり、どうやら観光案内のタッチパネルのようだ。よく見るとカメラが付いている。完全に屋外に設置され、いつからなのかそのまま放置されているので、このような無残な姿を晒している。タッチパネルディスプレイは表面が剥がれ落ちてしまっている。

誤解なきように言っておくが、これは地震とは全く関係なくこの状態なのである。これほどの状態にには相当前から設置されていたもので、どうやら花蓮市またはそれに準じた団体が設置した公的なもののようである。こうした「墓石サイネージ」は万国共通である。

どうしてこうした事例が後を絶たないのか

ここまでひどい状況は滅多にないが、使われなくなったまま捨てることもできないデジタルサイネージは日本でも山程見ることができる。こうなってしまう理由は単純で、誰もきちんとメンテナンスできていないことと、そもそも必要ではないからである。こうした事例の多くは、自治体やそれに準ずるような事業主体が設置したものが大部分だ。民間事業者の手によるものであればこういう事態には比較的なりにくい。デジタルサイネージを有効活用しよう、ビジネスで使っている、誰かが大切に扱っているということがあるのなら、こうなることはない。

日本でもそうだが、公的資金が投入された案件では、誰一人として当事者でもなく、責任者でもなく、ビジネスオーナーでもない事が多い。そうでない場合でも、数年で投入資金が途絶えた瞬間に転落し始める。最近では継続運用が導入当初から謳われている事が多く、数年後から自立して運用すること、とされることがほとんどだ。しかし実際にはその前提になっているのが広告モデルで、殆どの場合広告価値がない場所で言われているのが現実だ。

こうしたサイネージには必ず売った人(会社)がいるはずだが、彼らはあくまでもハードやシステムの売り切りであって、メディアとしての事業の継続性は全く考えていない。メディアとしてきちんと考えている当事者が不在だからである。デジタルサイネージの場合は、多くの人目に触れる場所に設置されるので、状況が悪化した場合に撤去する資金がなかったり、償却が終了していないなど理由でそのままこうして放置されるのである。

公的なものはもちろん、商業施設のような民間エリアでも、「調整中」という張り紙がずっと貼られたままのものもよく見かける。民間であっても、利用されない、当事者も利用者も、誰も関心を示さなければこうした状況になる。天につばを吐くことになるが、デジタルサイネージ関係者がこうした状況を大いに反省するべきである。オリンピック以降にこういう景色が二度と出現しないようにしたい。